美の巨人たち 横山大観『或る日の太平洋』
最晩年84歳のの富士の絵に託したメッセージとは何だったのか?

横山大観「或る日の太平洋」の「ある日」とはいつの事か?龍の意味

 或る日の太平洋 横山大観
或る日の太平洋 横山大観

 

北陸を愛した横山大観

北陸新幹線が通じ近くなった富山そこに水墨画美術館があります。

岡倉天心の下で学んだ大観は日本画を極めることに精をだした。
そして生み出したのが
朦朧体と呼ばれるぼかした筆使いの技法

明治35年富山を3度も立山を描きたのは、大観でした。そしてその1500点もある富士山の絵の中から
『或る日の太平洋』縦長、太平洋と富士山を稲妻と一匹の龍が描かれています。
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太平洋戦争が終結しかし
敗戦国日本の国粋主義的な潮流とされた日本画が、戦後激しい批判にさらされたのは当然といえば当然でした。

しかし華麗な画歴をほこる
横山大観は、さまざまな批判にも動ずることなく、自らの姿勢を守り通した。

そして、この絵は富士という日本の美を象徴した富士が書かれています。
美しい日本の象徴は富士という主張がありました。

 

『或る日の太平洋』横山大観

 

富嶽登竜
稲妻とともに 海底より龍が現れ霊峰冨士を目指す、」富嶽登竜

この或日とはいつのことなのか?

『或る日の太平洋』が描かれたのは
昭和27年連合国の占領が終了した年です。
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戦争が終わって
このある日は大観が平和を感じた時ではないでしょうか。

戦後、描いた富士のことです
シュールレアリズムの絵と呼ばれた

大観は暗い霧は混沌とした時代の象徴で、凛とした冨士を描くことにより無窮の美しさを描きました。

龍は日本全体のパワーを表していると言われています。
日本の復興と平和を願い書いたのです。

狩野派の絵から影響を受けた龍は荒波の如く襲って来た戦争を
霊峰富士へ富嶽登龍する日本を表しています。

美の巨人たちの
ナレーター小林薫&蒼井優、音楽は辻井伸行が担当
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