ニューヨーク近代美術館にある
好きな絵ゴッホ作の「星月夜」の解説をまとめました。
この絵と葛飾北斎の神奈川沖浪裏との類似点
『星月夜』は1889年フィンセント・ファン・ゴッホによって描かれた
作品で「星月夜」と書いて読み方は「ほしづきよ」と読みます。
英語では「The starry night」という題です。
ゴッホ 星月夜のある美術館は
ゴッホの星月夜の所蔵そして展示場所美術館は
ニューヨーク近代美術館です。
星月夜はレプリカや画像、壁紙やポスターなどで誰もが一度は目にしたゴッポの作品ではないでしょうか。
満天の星と糸杉が揺らめき、教会と寝静まった家々と生々しい筆の跡『星月夜』は
誰もが心の中にある経験を描いているといわれている
不思議な魅力のある作品です。
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ゴッホの星月夜の舞台は南仏のプロバンス
ゴッホは南仏のプロバンスに魅せられました、それは昼間の光だけではなく夜の星空の美しさもといわれています。
南仏のプロバンスでゴッホは様々な作品を描いています。
ゴッホの描いた街
夜のカフェテラス は今も変わっていません
夜のカフェテラス ファン・ゴッホ
ローヌ川の星月夜
『星月夜』を描いた場所サン・レミの療養所
『星月夜』を描いた場所とは、南仏のアルルの近くの
サン・レミという場所の病院です。
なぜ、病院で描いたのかというと
ゴッホは1年間病院で療養していました。
そして療養している間にこの絵を書いています。
この『星月夜』はゴッホはゴーギャンと
南仏のアルルに画家たちのユートピアを作ろうという
夢が破綻し精神を病んだ状態で描いたといいます。
この作品はゴッホが療養していた病院から見た風景だと言われ、
絵の中に不安とゆらぎが満ち溢れているようです。
ゴッホの星月夜と葛飾北斎の神奈川沖波裏との類似点
しかしこの『星月夜』の夜空の渦を分析して見つめていると、
ある絵が浮かび上がってくるといわれています。
その絵とは、日本の版画家 葛飾北斎作の神奈川沖波裏です。
三遠法と線遠近法
ゴッホの『星月夜』には東洋の三遠法が使われているのです。
この、北斎が「神奈川沖波裏」で使った三遠法という遠近法は
- 平遠 右側は広く正面から見た視点
- 深遠 左側の船は上から見下ろす視点
- 高遠 立ち上がる波は下から上を見上げる視点
という3つの異なる視点の空間表現で遠近を表現しています。
また、この絵には波の三角形と富士山に線遠近法といった相似形の大小の形を
並べる西洋の遠近法も使われています。
ゴッホの『星月夜』は架空の風景
そして、ゴッホが『星月夜』を描いたという病室の場所を訪れたレポーターは
あることに気がつきました。
その病室の窓から見える風景はゴッホが描いた『星月夜』の風景と
全く違うのです。
実はゴッホが描いた『星月夜』は架空の風景だったのです。
実際の病室の窓から見える風景には糸杉と教会は見えません。
この糸杉と教会は北斎の「神奈川沖波裏」の波と富士山に当たるものとして
ゴッホが線遠近法で取り入れているものなのです。
描きたい風景を様々な視点で描き組み合わせた『星月夜』
不思議な感覚を醸し出す理由はそこにありました。
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ゴッホが本当に描きたかったものとは…?
そして『星月夜』の11個の星が意味するもの
それはいったい何なのでしょうか?
ゴッホは敬虔なキリスト教の信者でした。
ゴッホは宗教の必要を
強く感じることがある
そういうとき僕は
外へ星空を描きに出る
と言っています。
創世記の中の一節に
”ヨセフまた一の夢を見てこれを兄弟に述べて言いけるは
我また夢を見たるに 日と月と11の星 我を拝せりと”
(ヨセフは兄弟たちに太陽と月と11の星が自分を拝む夢を見たと話した)
兄弟たちから虐げられていたヨセフが
将来兄弟たちを救うという予知夢を意味しています。
『星月夜』にも太陽と月と11個の星があります。
ゴッホは創世記の中の一節を宗教画として
風景画に変えて書いたのかもしれません。
ゴッホが作り上げた風景
糸杉は西洋では墓地に植えられることが多い木で死を象徴する木を意味します。
伸びゆく糸杉を見守るように見守る星たち
ゴッホは死に惹かれてゆく自分を必死にこの絵で繋ぎ止めようとしていたかのようです。
ゴッホ終焉の地
1890年のオーヴェルの協会は教会の裏側を描いています。
カラスの群れが飛ぶ麦畑という絵を描いた数週間後、ピストルにより自らの命を絶ったのでした。
ゴッホが描いたカラスの舞う麦畑
星の元に行くには
死によって運んでもらうしかなかったのでしょうか。
公開日時: 2015年12月20日 @ 18:23
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