美の巨人たち『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』
透視図法、ヘリンボーン積み天才建築家ブルネレスキが起こした奇跡

独特の美しさで知られるイタリアの『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』3色の大理石が使われています。

街並みの瓦の色と調和した大聖堂
街並みの瓦の色と調和した大聖堂

15世紀のランドマーク町並みと調和した瓦の色赤茶色のレンガと白い城の壁
建設に際して、重量と湾曲をいかにして作るか?大きなな問題がありました。

『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』

ヘリンボーン積み
レオナルド・ダ・ヴィンチの絵にある「重機の発明」

透視図法を使った遠くからの眺めが美しい美の秘密圧迫感が無い
フィレンツェ大聖堂

フィレンツェのシンボルともいわれる壮大な

『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』

は120年もの歳月をかけほぼ完成となる間際に

ドーム建設に大きな問題があり一旦中断してしまいます。

この危機を救ったのは建築家フィリッポ・ブルネレスキです。

ブルネレスキは天才的な発想と画期的な工法で世界最大の

石造りドームを完成させます。

『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』は

ドゥオーモ(大聖堂)
サン・ジョヴァンニ洗礼堂
ジョットの鐘楼の教会

三つの建築物で構成されておりフィレンツェのシンボルともいわれています。

中でも石積み建築のドームとしては現在でも世界最大として君臨しているのが

巨大なドームが特徴のドゥオーモ(大聖堂)で

イタリアにおける
晩期ゴシック建築および初期ルネサンス建築を代表するもので

ミケランジェロの『最後の審判』があって有名

ところが、14世紀末から、この大聖堂の建築には困難が伴っていた。

クーポラの架構、中央上部のドラム(クーポラの基部)から

その高さは55mに達しており、大聖堂の工事をさらに困難なものにした。

フィリッポ・ブルネレスキ

フィリッポ・ブルネレスキ
フィリッポ・ブルネレスキ

1418年8月19日に

大聖堂のクーポラの模型公募の布告が行わた。

しかし、完成が迫った大聖堂に
当時の建築技術ではドームを築くことが出来なかった。

その理由は巨大な足場と仮枠が必要これが不可能と考えられていた原因だった。

そこに登場したのが建築家フィリッポ・ブルネレスキだった。

フィリッポ・ブルネレスキの性格は

彼は冗談や悪ふざけが多いことが記録に残されているが

発想は鋭く、聡明で機智に富んだ建築家だ。

そしてブルネレスキが絶大なる賞賛を得たのは

サンタ・マリーア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ建設だった。

不可能と考えられていた大聖堂のクーポラ建設に対して

ブルネレスキは、

独立した2重の構造を持つドームを仮枠なしで築く案を提出した。

2重構造では重量が増し、危険ではないかと批判を受けたが、

最終的にブルネレスキの案が採用された。

透視図法

ブルネレスキは

透視図法を採用した最初の人物であるとされる。

彼の考えたクーポラの「仕様書」によれば

煉瓦を水平に積むのではなく、

上部の煉瓦層に目地を噛み合わせるため、

一定の位置で煉瓦を縦に積む

ヘリンボーン積みと重機の発明

矢筈模様(con quello spinapescie =鱗状)に積むように指示している。

1420年8月7日、建設が開始され、

1434年8月30日にはクーポラ頂頭部の円環が閉じられて

『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』
完成をみることとなった。