エドガー・ドガ作『青い踊り子たち』
まさに天才としか言いようのない今回の「美の巨人たち」でした。

そしてこの番組が解明したドガの『青い踊り子たち』にみる画期的な技法とは?
20世紀の絵画を先取りした作品といわれる、この作品で
19世紀、ドガがこの絵で挑んだものとはなんだったのか?
そして、この作品を描くためにドガが作ったとんでもないものとは?

その秘密を解き明かしましょう。

 

エドガー・ドガ『青い踊り子たち』の秘密

オルセー美術館所蔵の油彩画で有名な
エドガー・ドガ作『青い踊り子たち』

ドガといえば踊り子の画家として有名ですよね。
ドガが50代で描いたのが、この作品です。

※以前のドガの作風はこちら

ダンス教室
ダンス教室

ダンス教室

ドガは1人のモデルを何枚もスケッチしその動きでを1枚に絵に
して複数の人物としで描いていました。

動きのある絵画
動きのある絵画

まるでスナップショットのように鋭く切り取られた一瞬の
動きも実は一人のモデルの動きだったんです。
ドガの作品はこのように殊にバレエの踊り子と浴女を題材にした作品が多く
何気ない動作を永遠化する素描力はドガの作品の大きな魅了となっています。

ドガの作風の変化とドガのを襲った運命とは

しかし、前作と比べてドガの画風が驚くほど変わっていることに気づくと思います。

以前の鋭い描写とくっきりした輪郭、しかしこの作品の輪郭は曖昧、

画面の踊り子たちは、もうろうとした影のようで何を踊っているのかわかりません。

明らかに作風が変わっています。

エドガー・ドガ作『青い踊り子たち』
エドガー・ドガ作『青い踊り子たち』

しかし、この作品は

20世紀の絵画を先取りする画期的な作品だったのです。

実はドガはある衝撃的な技法を試しました

そしてそれは彼を襲った運命が導いたものでした。

50代のドガを襲った人生最大の危機とは視力の喪失でした。

『青い踊り子たち』この作品を製作していたドガは筆の先も見えないほど

視力を失っていたといいます。

 

オルセー美術館にある奇妙な彫刻と驚きの技法

14歳の小さな踊り子の彫刻
14歳の小さな踊り子の彫刻

戦争で視力を失ったドガはオルセー美術館奇妙な彫刻を残しています。

「14歳の小さな踊り子」と題された彫刻は

元々は蝋で作られていましたが、それをブロンズで鋳造

髪に結んだリボンや細かいひだのスカートはなんと布製

布という彫刻には合ってない素材、

そしてオリジナルでは

バレエシューズを履かせた足と髪には人毛ま使っていたということです。

『青い踊り子たち』の驚きの技法

そしてこの奇妙な彫刻と絵画の『青い踊り子たち』には

共通点があります。

舞台の背景の点描は指を使って描いていたことがわかりました。

これは、彫刻が指を使った芸術という点での共通点があります。

斬新な技法として青い輪郭線を曖昧にする技法を使っています。

ドガの亡くなった後、アトリエからは銅を使った彫刻が沢山

発見されました。

これは作品ではなく視力がなくなってゆく中、ドガが

モデルの代わりに使った道具らしいのです。

そのシルエットをロウソクの光に当てて映し出し

その動きを追って昔の記憶を頼りに描いたということがわかってきました。

 

『青い踊り子たち』は4人ではなく1人

 

しかも驚くことに『青い踊り子たち』4人ではなく1人であるということが

最近わかってきたのです。

確かに画面では4人の踊り子が描かれていますが、1人のモデルを

動きの記憶から描いたものでした。

動きの解釈

疾走する馬の連続写真
疾走する馬の連続写真

19世紀の後半連続撮影ができるカメラが発明されました

疾走する馬の連続写真

カメラという最先端の技術により動きが解明されたこの時代

連続写真の動きを絵画で表現したのがドガだといわれています。

この、『青い踊り子たち』4人ではなく

1人の踊り子の連続した動きを

1枚のキャンバスに収めたのです、

今までの常識を全く覆す驚きでした。

靴を履く踊り子たち
靴を履く踊り子たち

靴を履く踊り子たち
こちらの作品でも連続した動きを正確に解釈したドガは
その動きを1枚のキャンバスに収めたのでした。

亡くなる3年前ドガはこんな言葉を残しています。

視力が失われようと
聴力が残っている
音から動きを
観ることができよう

ドガの言葉

華麗に変身してゆく踊り子の姿は
美しいメロディと共に画家の心に深く刻まれていました。

エドガー・ドガ(Edgar Degas)

1834年~1917年
フランス生まれの印象派であるエドガー・ドガは
パリの銀行家の息子として裕福な家庭で育ち、本格的な絵画の指導を受けていました。
10代の頃までは法律学校に通っていましたが
父の銀行が莫大な負債を抱え倒産したことにより
画家になったドガは18歳で退学した後、生活のために絵画の道へと進みました。

ドガの作品バレエ作品が多い理由は
裕福な家庭に生まれたことから
上流階級の社交としてオペラ座の定期会員となり、
バレエの稽古場や楽屋に自由に出入りして、
踊り子・バレリーナたちの練習風景をつぶさに観察していた
体験が大きいと思われます。

ドガの作品の特徴は全て巧く光を捉えていて非常に美しい作品ばかりです。